日本統治時代 (1918年) に、当時台湾総督だった明石元二郎と高木友枝率いる台湾電力株式会社が水力発電所を建設するため、台湾で最も長い川である濁水渓から地下導水路で水を引く計画を立案。翌年台湾電力株式会社を設立し建設を開始するが、途中資金不足や関東大震災による影響などで計画は中断[1]。1928年に松木幹一郎が台湾電力社長に就任したことにより計画が再開され、1934年6月にダム湖と発電所が竣工した。

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